2017年11月27日 (月)

  冬支度

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  久しぶりのブログ更新となってしまった 
  

  10月初めの箱根旅行から帰ってすぐ 慌ただしい日々が待っていた
  生涯初めての 腫瘍の手術と入院 幸い転移の徴候もなく 順調に回復して一ヶ月が過ぎた  
  すっかり秋も深まって 垣根の山茶花が咲き始め 今年もまた冬がやってくる

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  侘びしく咲き続ける残菊にせかされる思いで 草花たちの冬支度に取りかかった
  


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  まずテラスの西側に風よけの波板を張る 
  こんなわずかな大工仕事も 若い頃のようには捗らず一日がかりとなってしまう

  宿根草の新しい仲間たちには 腐葉土のマルチングをしてやった
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  花を付けて3年目となる 「エキナセア」というこの宿根草 
  岡部の風土が気に入ったと見えて 5月に咲き始めてから次々と花をつけ 
  毎朝 0度近くにもなる今も咲き続け新しく蕾まで出している
  地上部は冬枯れしても 春にはまた何食わぬ顔して芽吹いてくる


  宿根草のように 残る人生も しぶとく逞しく生き抜きたいものだ

2017年10月 7日 (土)

初秋の箱根路は霧の中

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    10月3日 結婚60周年 ダイヤモンド婚と云うのだそうな
    何はともあれ二人揃って旅行が出来るほどの健康さで この日を迎えたことは
    めでたいと云わずばなるまい 
    
    
    記念旅行を箱根と決め 珍しくマイカーをやめて交通機関を利用しての旅とする

    湘南新宿ラインのグリーン車でくつろいだスタートだったが 停電事故の影響とやらで
    30分遅れの小田原着 旅も人生もつまづきはつきもの 苦あれば楽ありというもの
    バスはカーブつづきの山道を走る 
    思わぬ車酔いにもあ
いながら 姥子の今宵の宿に荷物を預け
    大賑わいの大涌谷に着く 中国人が7割 欧米や東南アジヤ系の観光客が2割ほど 
    日本人はわずか1割にも満たない ( 行く先々もそうだった 箱根は彼らに占領された ) 
  

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    薄曇りながら富士山も端麗な姿を見せてくれた 
    飛び交う中国語に追われるように大涌谷を後にする



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    かんぽの宿「箱根」は 穏やかに温かく迎えてくれた
    ロビーから望む侘び 寂の趣を凝らした石庭は霧雨にけぶり
    自慢の富士山を白いベールの奥に隠しながらも ここは日本人だけの世界
    落ち着いた安らぎを与えてくれる

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  レストラン近くに飾られた絨毯
  刺繍か織物? 定かでなかった








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    2日目は朝から小ぬか雨 
    薄陽くらい出ないかと かすかな望みをたよりに 箱根園に出向く



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    望みははかなく消えて 見上げる駒ヶ岳ロープウェイは 5m先も見えない白い闇
    登頂をあきらめ水族館を見て回る 
    淡水と海水があって ここは日本一標高の高いところにある海水水族館なのだそうだ
    童心に返り それなりに愉しめた



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    箱根の湯を充分に堪能して3日目の帰路は荷物を宅配便に託し
    身軽になってロープウエイ・ケーブル 登山電車と乗り継いで小田原へと降りる
    下は幾日ぶりかの眩しい陽射しだった
    70周年(プラチナ婚 )まで頑張れと 励ますかのような秋空だった

2017年9月 8日 (金)

  高原は秋でした

Conv0006_2        草津白根山・弓池
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   おカミさんの快気祝いにと 一泊では湯治にもならないけど
   気晴らしになるかと草津温泉に行ってきた

   いつも草津へは「高速道路」は使わない 旧倉渕村を抜けて
   日本ロマンチック街道という洒落た別名の145号を西に走る 
   吾妻渓谷の中心部 川原湯あたりは すっかり道の良くなった
   八ッ場バイパスの長いトンネルで 以前の渋滞がウソのよう

   長野原町大津を右折すれば草津道路 わらぶき屋根の「水車小屋」と云うソバ屋の
   手打ち10割蕎麦が抜群に旨かった 久しぶりに「鴨汁つけ蕎麦」を堪能した

   草津の街中を抜け一気に白根山に向かう 何年ぶりかの山道だ 頼りない「TANTO」のエンジンを
   だましだまし駈けのぼる


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   白根レストハウスに車を駐める 
   見下ろす弓池はリンドウが咲いて秋がそこまで来ている風情だ

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   渋峠へは尾根筋の快適な山岳道路が続く 
   「日本国道最高地点 標高2172m」は人気スポット ライダー達が記念の自撮りに余念がなかった
   見下ろす芳ヶ平はガス(山霧)に包まれていた
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   渋峠から横手山へリフトで登る 
   まだるっこいほど ゆっくり上るリフトは初秋の高原をのんびりと味わいなさいと云うことか

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   2つの源泉 23種類の湯船で湯めぐりが自慢の宿は
   ウイークディというのに駐車場にいっぱいの車 
   

   全館畳敷き 和風の趣を凝らし 落ち着いた調度も良く 気持ちを癒してくれる
   温泉も露天風呂も 料理も接客も十分の満足度だった
   手入れの行き届いた中庭も まだ足の不自由なカミさんの散策には ほどよい心地よさでした

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2017年8月29日 (火)

  我が家の 「吊りしのぶ」

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      異常つづきの今年の夏も どうやら幕を引きそうで
      週なかばには雨が 秋を連れてきそうな気配だ
 

      まあ 6月になる前から真夏日があったんだから
      8月で夏が終りッ てのも辻褄が合うというものだ

   夏の風情と云えば 「吊りしのぶ」 最近あまり見かけなくなったけど ・・・・・・・・
   さて我が家の吊りしのぶ 夏が終わりそうなので慌てたか
   ここにきて一斉に芽吹いてきて なんとも賑やかな姿になった



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    ネコの尻尾のような根茎から 針金のような芽を伸ばして
    やがて葉の形に整うと茶色から 次第に若草色 濃い緑へと変っていく



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 吊りしのぶは 江戸の中期ごろに庭師達がお得意様へのお中元用に
 
作り始め 明治から昭和初期にかけて一般にも広まって家々の軒先を
 飾るようになった
 シノブは山地の樹木や岩肌の着生して育つシダで 強健で乾燥に強く
 水が無くても「耐え忍ぶ」ことからこの名がつき 縁起良く「吊りしのぶ」と
 
書くようになった



    

    我が家の「吊りしのぶ」は手作りで もう10年ほども前になるだろうか
    育てていた皐月の鉢に 小さなシダが芽吹いているのを見つけて
    孟宗竹を伐って舟形をつくり 水苔で植え込んでみたのが根付いたもの

    夏は玄関ロビーにつり下げ 冬は玄関内に取り込んで 常緑の葉色を
    愉しんでいたが どうしてか今年は異常に芽吹きがいい


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       ペットを飼わない我が家は
       このシノブのネコの尻尾を ペットのように可愛がっている
       乾いたら水をあげるだけなんだけど ・・・・・・・・

2017年7月30日 (日)

  群 翔 ( 鷺草幻想 )

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     異常に暑い今年の夏

     待望の雨が降って 30℃にならない日が幾日か続く
     砂漠の中のオアシスか
     ほっと一息もつかの間で また猛暑の日々が待ち構えている 
     これから8月だと云うのに ・・・・・・・  夏はまだ永い

     鉢植えの「さぎ草」が きれいに咲き揃った
     風にに揺れて今にも飛び立ちそう
     花たちは 大空を思いっきり飛翔する夢をみてるに違いない


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     おカミさんが 股関節の手術をしてから1ヶ月になった
     術後の経過も良く 退院そしてリハビリの通院と順調に経過して
     担当医がビックリするほどの回復ぶりだ


       とはいえ これからゆっくりと時間を掛けて脚の筋肉の回復強化の

       ウオーキングを続けていかなければならない

     老いふたり  穏やかな日常に戻ったことがが何より嬉しい
     飛び立ちそうな鷺草の励ましを受けて
     せっせと ふたりの散歩を続けるとしよう

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    サギソウは日本を代表する野生ランと云われるが
    乱獲や生活環境の破壊によって現在では自生のものを見る機会は少ない
    環境省のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている

 

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2017年7月 4日 (火)

  狭庭の宿根草たち

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  3年前の秋に庭木のほとんどを伐った
  脚立の上に乗って手入れをするのが いささか危なっかしくなってきたからである

  さあ これからは花づくり 四季折々の花を育てようと張り切っては見たものの
  思ったほど容易なものではなかった
  冬の葉ボタンから春のビオラ 夏にはペチュニア そしてアスター マリーゴールド キンセンカ ・・・・・・・・・
  折角だからとこだわって すべて種まきから育てたので手間もかかった
  

  そこで無計画な花づくりを改めて 
  狭庭ながら宿根草を適所に配して 一年草の場所も決め.ることと
をした
  
    まずは宿根草調べから始める 花の時期 陽射しや寒暑への強弱 草丈など
  「サカのタタネ通販カタログ」 をたよりに勉強する
  宿根草の苗は注文すると秋の終り 12月頃に届く 植え込んで寒さ除けの腐葉土をかぶせ
  春の芽生えを待つ 早めに芽を出しながら次の寒さにやられて枯れてしまう過保護の罰など
  試行錯誤の末にようやく20種ほどの宿根草が 狭庭を彩るようになった
  植えて3年ほどになると 風土に慣れるのかしっかり育って種の特徴もはっきりするようだ
  冒頭の写真は「かすみ草」 珍しい八重咲きで 霞むどころか2トン近い大岩を隠すほど
  山形の鳥海山から運んだ岩も かすみ草の勢いに負けそうだ

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  春はちいさい花から咲き始める 上:アネモネ 下:サンギネウム



 Conv0025   ジキタリス 別名 キツネのてぶくろ

  いちいち花の名を記すことはやめる それぞれの花にそれぞれの美しさ 

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2017年6月11日 (日)

 20年振りの浅草

Conv0003_2            情緒を残す 浅草演芸ホール

 

   思い返してみると平成8年の夏に吾妻橋の船着き場から屋形船に乗り
   東京湾を横浜あたりまで夕涼みがてらの観光をして以来の 20年ぶりの浅草だった

   知り合いの娘さんが創作舞踊の「全国舞踊まつり」で 浅草公会堂の舞台で踊ると云うことで
   往復バスならば気軽なものと お招きに甘えて出掛けてみた



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開演前のひとときを ひとり仲見世から六区あたりをぶらぶら散歩
    修学旅行の学生や外国人も多く 相変わらずの賑わいだったが
    懐かしい浅草とはどこか空気感が違う



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   どこかに古き良き浅草の面影はないかと 路地裏をのぞき歩く

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    終戦後から青春と言える一時期を ずいぶんと通った浅草六区映画街
    街はすっかり様変わりして 懐かしさの香りもなく
    流れすぎた60年余りの年月を 老いの身に思い知らせてくれるだ゜け

    思い出は はかなく切なく 胸の奥深く潜めておけばいい

2017年5月21日 (日)

  85年目の骨折

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   断捨離 終活 (就活ではなく) ・・・・・・・・・   
   など
という言葉が何となく身近に感じられる年頃になった
   それにしても寿命が延びて そんな言葉が明るく語られるのはいい

   この先読むこともない書物や たまり積もった不要不急の飾り物や
   家具の整理をかねて 部屋の模様替えを始めた

   42インチのプラズマテレビを六畳間の対角の位置に移す 思いのほか重い
   アンテナケーブルを10メートルの延長だ 長押の中に埋めて外から見えなくする

   大成功!  この宵の晩酌はことのほか旨かった
   ところが そろそろ寝ようかと思う頃 左の肋骨のあたりが痛い 昼間の働きがいけなかったか

   床についても痛みは止らない 一晩中 夢うつつで胸の痛みに耐えていたように思えた
   朝起きると 咳をしても痛い くしゃみをすると飛び上がるほどだ

   整形外科医の診断は 6番目の肋骨の骨折だという
   鎮痛剤を飲んで 胸部固定帯を巻いて当分おとなしくしてろとのご託宣

   じっとしてるのが嫌いな性分 何もしないことがこんなに辛いとは思わなかった
   「鰺の干物じゃねぇんだ 小骨の一本ぐらい折れようが無くなろうが 驚くこたぁねぇや」
   と 強がってみても痛いものは痛い ブルーな気分で庭を眺める 


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   わが狭庭のブルーの花たちのなんと素晴らしいことか 
   きまぐれな主の胸のブルーを一気に吹き飛ばしてくれる

   鉢いっぱいにこぼれるばかりに咲き誇るアルペンブルー
   の星の輝き 丹精した甲斐があった

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 盛りを過ぎたとはいえ三寸アヤメのブルーも ブルーな気分
 を癒やしてくれた

 若い頃から山登りを趣味としていたが ねんざ程度はした
 記憶があるが 骨折
は85才にして初体験

 世の中まだまだ未知なことが多いということだ 
 あと4~5回オリンピックを見届けるくらい生き抜いて
  幾つもの初体験を味わうこととしよう

 折角だから 骨を折らずに愉しい初体験がいいなぁ~




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2017年4月24日 (月)

  磯部温泉から妙義さくらの里周遊

Conv0001       宿の窓から  碓氷川を挟んで舌切り雀の宿を望む

     我が家から一番近い温泉となると秩父か磯部になるが
     妙義さくらの里で名残りの桜を見るのも一興かと磯部温泉に決める

     3回目となる磯部温泉では「かんぽの宿磯部」に泊まった
     築50年と古い施設だけど部屋はもとより どこもかしこも清掃が行き届き
     古さを感じさせない清潔さで心地よく過ごすことが出来た
 

 

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      翌日は朝から曇りだった 
      屋上の展望室に行ったが目指す妙義山は雲の奥にぼんやりと霞んでいた

      宿を出て 平成25年(2013年)のNHK大河ドラマ「八重の桜」で
      八重の結婚相手として描かれオダギリ ジョーが演じた新島襄の旧宅を見学した

  
新島襄は天保14年(1843) 安中藩江戸上屋敷で生まれる
  元治元年(1864) 21才で脱国しアメリカに渡り 明治3年(1870)アーモスト大学卒業
  明治五年 襄29才 岩倉使節団の通訳として一年間ヨーロッパ視察に参加
  明治7年(1874)アンドバー神学校卒業 準宣教師となってアメリカ勉学を終え帰国
  翌年 山本覚馬の支援を受けて京都に同志社英学校開校 覚馬の妹 八重と結婚
  その後 同志社英学校の発展とキリストの伝道に東奔西走の日々を過ごす
  明治23年(1890年) 1月 胃腸病が悪化 急性腹膜炎により永眠 わずか47年の生涯だった

      ここ安中の旧宅は アメリカから帰国して両親と10年振りにあったところ
      
安中藩の江戸詰武士の帰藩時の居宅で 二軒長屋という
      ほかに見学者もなくボランティアと思われる おじさんが展示されている資料を基に
      熱心に説明してくれた 「八重の桜」の頃は昼食もゆっくりできないほどだったとか


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      標高800m程の「妙義さくらの里」は 満開をやや過ぎたとはいえ
      まだ充分に見応えのある春景色だった
      ウイークデーだというのに駐車場は満車 折良く1台が出て駐めることが出来た


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   曇り空が妙義の鋭鋒をやわらかく包んで 墨絵のような風情がとても良かった



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2017年4月 6日 (木)

  春うらら

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    久しぶりの朝の散歩でした
    寒い間は日中に散歩することとしていたが

    朝の気温がようやく10℃近くとなって 手袋の要らない散歩道


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    白髭神社で柏手を打つ 巨木のさくらも満開で枝垂れてる
    気に入りの巨樹ケヤキの芽吹きも間近だろう

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    菜の花と 休耕畑を一面に埋めたホトケノザが朝陽に輝いている


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    小学校のさくらも
    
幾日か見ない間に溢れるばかりに咲きほこっていた

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    馬酔木と黄水仙を 我が家の「春うらら」の代表に選んでみた

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