2017年6月11日 (日)

 20年振りの浅草

Conv0003_2            情緒を残す 浅草演芸ホール

 

   思い返してみると平成8年の夏に吾妻橋の船着き場から屋形船に乗り
   東京湾を横浜あたりまで夕涼みがてらの観光をして以来の 20年ぶりの浅草だった

   知り合いの娘さんが創作舞踊の「全国舞踊まつり」で 浅草公会堂の舞台で踊ると云うことで
   往復バスならば気軽なものと お招きに甘えて出掛けてみた



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開演前のひとときを ひとり仲見世から六区あたりをぶらぶら散歩
    修学旅行の学生や外国人も多く 相変わらずの賑わいだったが
    懐かしい浅草とはどこか空気感が違う



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   どこかに古き良き浅草の面影はないかと 路地裏をのぞき歩く

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    終戦後から青春と言える一時期を ずいぶんと通った浅草六区映画街
    街はすっかり様変わりして 懐かしさの香りもなく
    流れすぎた60年余りの年月を 老いの身に思い知らせてくれるだ゜け

    思い出は はかなく切なく 胸の奥深く潜めておけばいい

2017年5月21日 (日)

  85年目の骨折

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   断捨離 終活 (就活ではなく) ・・・・・・・・・   
   など
という言葉が何となく身近に感じられる年頃になった
   それにしても寿命が延びて そんな言葉が明るく語られるのはいい

   この先読むこともない書物や たまり積もった不要不急の飾り物や
   家具の整理をかねて 部屋の模様替えを始めた

   42インチのプラズマテレビを六畳間の対角の位置に移す 思いのほか重い
   アンテナケーブルを10メートルの延長だ 長押の中に埋めて外から見えなくする

   大成功!  この宵の晩酌はことのほか旨かった
   ところが そろそろ寝ようかと思う頃 左の肋骨のあたりが痛い 昼間の働きがいけなかったか

   床についても痛みは止らない 一晩中 夢うつつで胸の痛みに耐えていたように思えた
   朝起きると 咳をしても痛い くしゃみをすると飛び上がるほどだ

   整形外科医の診断は 6番目の肋骨の骨折だという
   鎮痛剤を飲んで 胸部固定帯を巻いて当分おとなしくしてろとのご託宣

   じっとしてるのが嫌いな性分 何もしないことがこんなに辛いとは思わなかった
   「鰺の干物じゃねぇんだ 小骨の一本ぐらい折れようが無くなろうが 驚くこたぁねぇや」
   と 強がってみても痛いものは痛い ブルーな気分で庭を眺める 


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   わが狭庭のブルーの花たちのなんと素晴らしいことか 
   きまぐれな主の胸のブルーを一気に吹き飛ばしてくれる

   鉢いっぱいにこぼれるばかりに咲き誇るアルペンブルー
   の星の輝き 丹精した甲斐があった

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 盛りを過ぎたとはいえ三寸アヤメのブルーも ブルーな気分
 を癒やしてくれた

 若い頃から山登りを趣味としていたが ねんざ程度はした
 記憶があるが 骨折
は85才にして初体験

 世の中まだまだ未知なことが多いということだ 
 あと4~5回オリンピックを見届けるくらい生き抜いて
  幾つもの初体験を味わうこととしよう

 折角だから 骨を折らずに愉しい初体験がいいなぁ~




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2017年4月24日 (月)

  磯部温泉から妙義さくらの里周遊

Conv0001       宿の窓から  碓氷川を挟んで舌切り雀の宿を望む

     我が家から一番近い温泉となると秩父か磯部になるが
     妙義さくらの里で名残りの桜を見るのも一興かと磯部温泉に決める

     3回目となる磯部温泉では「かんぽの宿磯部」に泊まった
     築50年と古い施設だけど部屋はもとより どこもかしこも清掃が行き届き
     古さを感じさせない清潔さで心地よく過ごすことが出来た
 

 

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      翌日は朝から曇りだった 
      屋上の展望室に行ったが目指す妙義山は雲の奥にぼんやりと霞んでいた

      宿を出て 平成25年(2013年)のNHK大河ドラマ「八重の桜」で
      八重の結婚相手として描かれオダギリ ジョーが演じた新島襄の旧宅を見学した

  
新島襄は天保14年(1843) 安中藩江戸上屋敷で生まれる
  元治元年(1864) 21才で脱国しアメリカに渡り 明治3年(1870)アーモスト大学卒業
  明治五年 襄29才 岩倉使節団の通訳として一年間ヨーロッパ視察に参加
  明治7年(1874)アンドバー神学校卒業 準宣教師となってアメリカ勉学を終え帰国
  翌年 山本覚馬の支援を受けて京都に同志社英学校開校 覚馬の妹 八重と結婚
  その後 同志社英学校の発展とキリストの伝道に東奔西走の日々を過ごす
  明治23年(1890年) 1月 胃腸病が悪化 急性腹膜炎により永眠 わずか47年の生涯だった

      ここ安中の旧宅は アメリカから帰国して両親と10年振りにあったところ
      
安中藩の江戸詰武士の帰藩時の居宅で 二軒長屋という
      ほかに見学者もなくボランティアと思われる おじさんが展示されている資料を基に
      熱心に説明してくれた 「八重の桜」の頃は昼食もゆっくりできないほどだったとか


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      標高800m程の「妙義さくらの里」は 満開をやや過ぎたとはいえ
      まだ充分に見応えのある春景色だった
      ウイークデーだというのに駐車場は満車 折良く1台が出て駐めることが出来た


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   曇り空が妙義の鋭鋒をやわらかく包んで 墨絵のような風情がとても良かった



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2017年4月 6日 (木)

  春うらら

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    久しぶりの朝の散歩でした
    寒い間は日中に散歩することとしていたが

    朝の気温がようやく10℃近くとなって 手袋の要らない散歩道


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    白髭神社で柏手を打つ 巨木のさくらも満開で枝垂れてる
    気に入りの巨樹ケヤキの芽吹きも間近だろう

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    菜の花と 休耕畑を一面に埋めたホトケノザが朝陽に輝いている


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    小学校のさくらも
    
幾日か見ない間に溢れるばかりに咲きほこっていた

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    馬酔木と黄水仙を 我が家の「春うらら」の代表に選んでみた

2017年3月22日 (水)

あゆみの遅い春の足音

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   彼岸も過ぎたというのに真冬のような冷たい雨
   ようやく晴れたら 朝から強い北風

   今年の春は 思わせぶりばかりで歩みが遅い

   昨年の10月に種を蒔いたビオラとキンセンカにようやく花がつき
   これから寂しかった庭も 少しずつ華やいでくるだろう

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   狭い庭だけど宿根草が15種類ほど植えてある
   ようやく芽吹いた何種類かが 朝の寒さで芽が痛んでしまった
   おきな草は綿毛をまとったような姿が幸いしてか寒さにめげず
   可憐な花を咲かせ始めた


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   本格的な春の訪れまであと一息 
   気短かになった老いの身には 待ち遠しいこの頃だ


   
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  葉ボタンは何株か 花を咲かせて 「踊り葉ボタン」の用意をさせている
  次の冬 どんな舞姿で踊るやら ・・・・・・・・



   

2017年2月26日 (日)

  ものぐさの宿

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   面白いネーミングの宿もあるものだ 
   
一月遅れになってしまったが 例年出掛けている誕生日の温泉旅行
   どこか手軽なところはないかと探していると 「ものぐさの宿」 というのが目についた
   ネットで調べると和洋室 露天風呂と希望する条件にぴったり!  しかも安い
      三日前の予約で決めて穏やかな冬の日 走り慣れた渡良瀬渓谷沿いの122号を
   日光へ 鬼怒川温泉へと向かった 

   
   路は驚くほど空いていて 日足トンネル付近にも雪は全くなく快調に走る
   2時間半ほどで鬼怒川温泉街に着く 少し早すぎた
   時間つぶしに 「花いちもんめ」 と云う花と緑の楽園とやらに立ち寄る
   広い温室に溢れるばかりの球根ベコニアが まさに満開で出迎えてくれた


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   ベコニア達から春の息吹をいっぱいもらって 頃合い良しと目指す宿へ向かう

   渓谷沿いの 「花千郷」という宿は 客室97室の12階建て 6階が玄関ロビーとなっていた
   フロントで記帳を済ませ 渡されたルームキーの部屋に行く 10階角部屋だった
   広い 何もかも 踏み込みも洗面所も 和室は10畳 50インチの液晶テレビ
   襖で仕切られた洋室にセミダブルベット2台 こちらも10畳ほどもある

   この部屋は言うことなしの満足だった


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   ベランダから見下ろす陽も射さない鬼怒川渓谷は 水量もなく冬枯れて肌寒い思いがするばかり
   これは宿のせいじゃない  これ以上宿の宣伝をすることもないか
   
   大浴場も露天風呂も ゆとりのある広さで合格点
   接客も フロントから湯守のおじさんに至るまで気配りが気持ちよかった

   だけど だけど夕食だけは最低だった 
   広い畳部屋に仕切りもなく 五組ほどの客が膳に向かう 
      メインは上州豚の豆乳しゃぶだったが 食指をそそるものじゃない
   色の悪い刺身 とても箸が向かない こんな山奥?で旨い刺身が食えるとは思わないが
   何か気の利いた田舎料理でもあればいいのに・・・・・・・

   と いうわけで総合評価はようやく真ん中の50点
   何をもって 「ものぐさの宿」 というのか とうとう分からなかったが
   どうやらものぐさは お客じゃなくて努力不足の経営者にありとみた
   
   それにしても2食付き1泊 7,980円 安い宿にはそれなりの覚悟で臨むべしとの教訓

   やっぱり ものぐさは俺の方だったかなぁ~

   2日目も きれいな青空でした

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2017年2月17日 (金)

つかの間の 春らんまん

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    朝夕ず~と寒い日が続いていた
   
木曜日 風もなく急に暖かくなって 日中は16℃にもなった
    明日はもっと暖かくなるという予報だったが  ・・・・・・・・・

       テラスのフェースに温度計がつり下げてある
       毎朝 雨戸を開けると気温を確かめるのが習慣となっている
   今朝6時40分 温度計は 0.8℃を表示していた



Conv0006   久しぶりに氷点下にならない朝を迎えた
  湿度も77% と絶好!    何となくうきうきする
   陽射しと一緒に気温もぐんぐん高くなるようだ

  昼近く 東京は春一番の風とか
   こちらはほとんど風もない

   デジカメで梅を撮る
   少しずつ 少しずつ花の数を増やしていた梅も
     この一両日ですっかり満開近しと言えるまでに咲いてきた
    

   どこから飛んでくるのか「メジロ」の姿も見かけるようになった
   毎年 季節を違えずやってくる小鳥も植物も 自然の営みは素晴らしい

 
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   冬枯れて色彩の乏しい冬の狭庭に 葉ボタンは頼もしい 
   霜柱で土が浮き上がるような寒い朝でも 凛としてたじろがない

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   縮こまってないで 少しは見習わなければいけないなぁ~
   明日はまた 冬の寒さに戻るんだとか .・・・・・・・
   
      よし! あしたは頑張ってグランドゴルフの練習にいって来るぞ



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    三寒四温を繰り返し 春は確実にやってくる

2017年1月26日 (木)

誕生日 春まだ遠く

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          梅一輪一輪ほどのあたたかさ   嵐雪

         毎年 誕生日の頃になると庭の梅の木の蕾がほころんでくる
         そして 芭蕉の弟子 服部嵐雪のこの句が思い浮かぶ
         
         

         ところが今年は 月半ばに雪が降ったり毎朝零度以下の日が続いたりと
         梅の木も寒さに縮こまってか まだわずか数輪の開花宣言だ
         この梅の木は 結婚してまもなくの頃 カミさんの実家に年賀に伺った折
         大宮・氷川神社の参道の出店で初詣帰りに福寿草と寄せ植えになった鉢を
                   買ったもの もう55年も前の話      
        
 

         長らく鉢植えのままだったが 岡部に移住したのを機に庭に植え替えた
         それからでも17年 今では毎年枝を切り詰めるほど立派な梅の木だ

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       左
:1月15日   右;24日

        蕾の膨らんだ小枝を伐って活けたら 一週間ほどで満開になった
        いい香りがただよって 小さな春を愉しんでいる



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       幾日ぶりかで穏やかな風 
       散歩コースをいつもの街歩きから畑コースに変える
       赤城山が雪を纏い快晴の空に映える 
       頂上近くまで樹木の多い赤城山は 枝葉に積もった雪が陽射しですぐ溶けて
       よほど寒い日が続かないと 山容が白く見えることはない

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       浅間山の噴煙が真っ直ぐ上にのぼっている
       こんな無風状態の浅間山も珍しい 冬晴れの中で・・・・・・・・

       
       久しぶりの畑みち散歩 4800步ほどでした

2017年1月13日 (金)

  初詣は妙義神社

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    特に深い信仰心を持ち合わせてはいないが
    初詣というと「山」に縁のある神社に参拝することが多い
    浦和に住んでいたときは毎年のように高尾山 薬王院に詣でた
    岡部に移ってからは 赤城・榛名・妙義の上毛三山の各神社に参ることにしている

    5年前に妙義神社に初詣で訪れたときは 前年の東日本大地震で
    社殿うしろの山崩れがあり 修復が行なわれていて本殿へ登ることが出来なかった

    風もなく うららかなこの日 ゆっくりと山道を本殿へと向かった

 

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     修復のなった社殿は 以前のままの荘厳な姿に きらびやかさを加え
     逆光の中に眩いばかりに輝いていた


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        柏手を打ち祈願するのは ただただ家族みんなの健康・息災のみ

    この日は脚の痛みが幾分良いというカミさんと 手を繋ぎながら階段を下りる
    

          「 目出度さも 中くらいなり おらが春 」

    小林一茶の句が 我がことのように思えた一日だった



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2017年1月 4日 (水)

  穏やかな初春に

Conv0003_5     開花したアマリリス

 

       穏やかに年が明け 三が日が過ぎた

       年末に赴任先のトルコから一時帰国した息子と
       酒を酌み交わす日が続き 一足先に正月が来た思い   
            
       

       新春2日には 娘夫婦と孫娘も来て
       つかの間ながら一家全員が揃った祝い膳となった
       みんなが元気で暮らせることは 何よりも嬉しい

       そんなささやかな幸せを励みとして
       老いふたり また一年を頑張るとするか



     
       

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   11月の半ばに宅急便の業者から オランダ輸入品のプラスチックの鉢に植えられている
   球根のアマリリスを買った
   説明文に従って 50ml の水をやり暖かい場所に置くと2週間ほどで芽が出てきた

 
  ここで水を100ml やがて芽が4枚の葉となって花芽らしきものが伸びてくる
  2週間たって水を100ml 花芽が元気に毎日1㎝ほども伸びていく
  花茎が40㎝にもなる頃 蕾もどんどん膨らんで いつか鞘が割れて本物の蕾が4個程も顔を出す
  大晦日に水を100ml 開花は2日の朝だった

  写真は 上段左が元旦 中と右が3日 下段左は3日 中と右が4日の開花状況
       6個の蕾が咲きそろうのは あと三日ほどかな~

     花の少ないこの時期に 充分に愉しめるアマリリスに感謝

  
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     折角だから わが狭庭の冬の優等生 葉ボタンと南天を切って
  玄関ポーチの壺に活けた 髭爺さんの迎春の愚作を載せておく

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